福岡高等裁判所 昭和54年(ネ)24号 判決 1980年9月17日
控訴人
株式会社小松ストア
右代表者清算人
三嶋潔
右訴訟代理人弁護士
古賀幸太郎
被控訴人
甲野一郎
右訴訟代理人
山田敦生
主文
原判決を取消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
一 当事者の求めた裁判
1 控訴人
主文同旨。
2 被控訴人
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
二 当事者の主張
次に付加するほかは、原判決の事実摘示と同一であるからこれを引用する(但し、原判決二枚目表四行目「民事訴訟」の次に「の提起、追行」を加える。)。
1 被控訴人の補足的主張
(一) 被控訴人が、控訴人から会社更生及び破産の申立並びにそれに伴う一切の処置についての受任をしたのは、昭和四九年一〇月二四日であり、同日、手数料二五〇万円の合意が成立した。
(二) 被控訴人が訴外津留商店ほか六名に対する賃貸借契約の無効確認等請求訴訟の受任をしたのは、同年一一月一九日であり、同日、その手数料を五五七万円、経費を一三万円とする旨の合意が成立した。但し、被控訴人がその委任状を受領したのは同月二八日である。
(三) 被控訴人が訴外セブン食品からの売掛代金請求訴訟に対する応訴についての訴訟代理の受任をしたのは、同月一九日であり、同日、その手数料を二〇万円とする旨の合意が成立した。
(四) 以上の各委任契約及び手数料の約定は、控訴人の専務取締役岡田美千穂及び常務取締役岡田正隆が控訴人の代理人として被控訴人との間で締結したものである。
(五) 控訴人の後記仮定抗弁は争う。
2 被控訴人の主張(仮定抗弁二)
仮に、控訴人と被控訴人との間において被控訴人主張のような前記(二)の手数料の合意が成立したとしても、控訴人所有の建物に設定されていた訴外津留商店ほか六名の賃貸借契約は、いずれも期間五年のものであるから、民法第三九五条により無効であり、抵当権者に対抗できないものであつた。したがつて、強いて訴をもつてその無効確認を求める必要はなかつたのに、控訴人代表者であつた訴外勇助は、右の各賃貸借の設定登記は有効なものと錯誤してその無効確認請求訴訟の提起、追行を被控訴人に委任し、かつ、その手数料の合意をしたものであるから、右契約は要素に錯誤があり無効である。
また、被控訴人は相手方の無知に乗じて不必要な訴の提起を受任し、これが報酬契約を締結させたものであつて、右は詐欺に基づく意思表示であるから、当審第六回口頭弁論期日において、これを取消した。
三 証拠関係<省略>
理由
一原判決理由一及びこの認定は、次に付加し、改めるほか、当裁判所の認定と同一であるから、これを引用する。
1 <略>
2 同五枚目表三行目の「一〇月二二日」を「一〇月二四日」と改め、同三行目「倒産後」の次に「約一〇億円に達する負債」を、同九行目の「民事訴訟」の次に「の提起、追行」を、同七行目冒頭の「という。)は、」、同五枚目裏一行目の「訴外正隆は、」及び同四行目の「正隆らは、」の各次に「被告の代理人として、」を各加え、同三行目の「同月二八日」を「同月一九日(但し、同月二八日委任状を受領)」と改め、同八行目の「その後原告は、」の次に「被告の訴訟代理人として」を加え、同六枚目表二三行目の「同月二三日」を「同五〇年一月二三日」と改め、同一一行目の「原告は、」の次に「同訴訟事件の第一回口頭弁論期日(同年二月一八日)前である同年一月二八日」を加える。
二控訴人の仮定抗弁について
1 まず、本件手数料に関する合意は、控訴人の代表者の無思慮、窮迫に乗じてしたものであつて、公序良俗に違反し無効である旨主張するが、右合意は、控訴人の代理人である訴外美千穂及び正隆両名と被控訴人との間に成立したものであり、被控訴人の代表者が関与しなかつたことはさきに認定したとおりであるから、控訴人の代表者の無思慮、窮迫を前提とする右主張はもとより理由がない。
2 次に、控訴人は、訴外津留商店ほか六名のために設定された賃借権は民法第三九五条により無効であつたのに、控訴人代表者訴外勇助はこれを有効なものと錯誤し、その無効確認等請求訴訟の提起、追行を被控訴人に委任し、かつ、その手数料の合意をしたものであるから、右はいずれも要素の錯誤により無効である旨主張し、更に、右訴訟委任契約及び手数料契約は、被控訴人の訴外勇助に対する詐欺に基づきされたものである旨主張するが、被控訴人主張の合意ないし契約が控訴人の代理人である訴外美千穂及び正隆両名と被控訴人との間に成立したものであることはさきに認定したとおりであるところ、代理行為における意思表示の瑕疵の有無は代理人についてこれを定めるべきであるから(民法第一〇一条一項)、訴外勇助の意思表示に瑕疵があることを前提とする控訴人の右主張は、いずれも理由のないことが明らかである。
三ところで、弁護士に対する訴訟委任の際、その弁護士報酬として約定された手数料は、委任事務処理に要する費用の前払金としての性質を有するとともに、委任された訴訟事件の成功、不成功の如何にかかわらず、その弁護士が受任事件処理のため、証拠蒐集、法律の研究等に費すべき労力に対する報酬の一部としての性質を有するものと解するのが相当である。
しかして、<証拠>(福岡県弁護士会報酬規程)第六条の「依頼者が、会員の責に帰することのできない事由で会員を解任したとき、会員の同意なく依頼事件を終結させたとき又は故意若しくは重大な過失で依頼事件の処理を不能にしたときは、会員は、その弁護士報酬等の全額を請求することができる。」旨の規定の趣旨及び前記手数料の性質からすると、依頼者と弁護士との間に手数料額につき合意が成立した場合に、弁護士がその委任事務遂行のため必要な準備をし、あるいはその委任事務の全部または一部を遂行した段階において、弁護士の責に帰すべからざる事由によつて、委任契約が解除され、または辞任を余儀なくされる等の理由によつて委任契約が終了したときは、特段の事情がない限り、その弁護士は約定の手数料全額を請求しうるものというべきであるが、同訴訟委任契約成立から同委任契約終了に至るまでの経過及び弁護士がその間に事件処理のために費した労力、費用等と対照して、合意された手数料額が余りにも過大であつて衡平の原則に反すると認められるような特段の事情があるときは、その弁護士は、右の事情、所属弁護士会の報酬規程の定めその他諸般の事情を考慮して相当と認められる手数料額のみを請求しうるに過ぎないものと解するのが相当である。
本件は、前記認定のように、被控訴人の責に帰すべからざる事由によつて委任契約が終了したものであるが、以下約定の手数料額の当否について検討する。
1 控訴人の倒産に関し、控訴人が被控訴人に対し会社更生及び破産の申立並びにそれに伴う一切の事務処理を委任したことに関する手数料二五〇万円の約定額については、<証拠>によつて認められるその資本の額が五〇〇〇万円であること、また前記認定のようにその負債の総額が約一〇億円であつたこと、被控訴人は、右事件受任後、債権者集会に数回出席し、控訴人のため債権者と折衝していること、なお、<証拠>によると、右債権者集会において債務整理についての大筋がまとまつたことが認められること等諸般の事情からすると、右手数料額が過大であつて衡平の原則に反するとは認められない。
2 訴外セブン食品に対する訴訟委任契約に関する手数料二〇万円の約定額は、その金額及び訴訟代理人辞任に至るまでの経過等諸般の事情を考えると、それが衡平の原則に反する程過大であるとは認められない。
3 訴外津留商店ほか六名に対する賃貸借契約無効確認等請求訴訟事件の訴訟委任契約に関する手数料五五七万円及び費用一三万円の約定については、<証拠>によれば、同事件の対象となつた賃貸借には合計九二九六万八六一四円の敷金が交付されている旨の登記があつたことが認められるが、前記認定のように、その訴訟委任を受けて訴を提起した昭和五〇年一月一一日から、僅か一七日しか経ていない同二八日に同訴の取下げがされ、同訴訟事件については、一回も口頭弁論期日が開かれずに訴訟が終了していること、当審における被控訴人本人尋問の結果によつて認められるように、その間における費用としては一三万円もかかつていないこと等諸般の事情を斟酌して考えると、右手数料額五五七万円は衡平の原則に照らし、余りにも過大であると認めざるを得ない。したがつて、右訴訟委任契約に関する被控訴人に対する費用を含む弁護士報酬(手数料)としては、前記のような一切の事情並びに福岡県弁護士報酬規程をも斟酌し三〇〇万円が相当と認められるから、前記約定はその限度においてのみ有効というべきである。
4 そうすると、被控訴人が控訴人に請求しうる弁護士報酬は、右1ないし3の合計五七〇万円ということになる。
四ところで、被控訴人が控訴人からすでに弁護士報酬(手数料)として六六二万六一五五円を受領したことは、被控訴人の自認するところであるから、右によつて、控訴人の被控訴人に対する本件債務は完済されたことになり、したがつて、被控訴人の控訴人に対する本訴請求は失当といわざるを得ない。
五そうすると、当裁判所の右判断と結論を異にする原判決は失当であつて、控訴人の本件控訴は理由があるので、原判決を取消し、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(斎藤次郎 原政俊 寒竹剛)